2009年07月02日

国立大学であるため

国立大学であるため[要出典]、創立時に「建学の精神」などは明確に定められなかった。しかし、2000年に、名古屋大学の基本理念の概要を示す『名古屋大学学術憲章』が定められた。この憲章においては、自発性・創造性・先進性・国際性などの重視が示されており、「勇気ある知識人を育てる」ことが目標に掲げられている。なお、「勇気ある知識人」は国立大学法人名古屋大学によって商標登録(第4967427号)されている。
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現在は、「自由・闊達・進取」を(stub)としている。 名古屋帝国大学が出来たばかりの頃は、初代総長が十七条憲法の一節で、自身の座右の銘であった「以和為貴」を大学全体の(stub)としていた[5]。 現在は「名古屋大学学術憲章」[6]を定め、それを元に「名古屋大学運営の基本姿勢」[7]を公表している。
尾張藩種痘所取締であった伊藤圭介・石井隆庵ら3名が版籍奉還後の名古屋藩庁に提出した建議書[8]をもとに廃藩置県直後の1871年8月9日[9]、「仮病院・仮医学校」が開設された。以後仮病院・仮医学校は名古屋県の行政運営上の事情や財政難から廃復興の繰り返しの後、公立病院・医学講習所というかたちで存続。その後1903年の専門学校令に基づき愛知県立医学専門学校となり、1920年には大学令に基づき大学に昇格し、県立愛知医科大学と改称する。1931年には国へ移管され官立名古屋医科大学となった。この官立大学誕生を契機として、同医科大の前身学校時代から既に同学校内及び愛知県政財界を中心に展開されていた帝大誘致・設立運動が結実[10]、1939年に官立名古屋医科大学を吸収させるかたちで「名古屋帝国大学」が創設される。同時に官立名古屋医科大学は名古屋帝国大学医学部へ改組された。但し名古屋帝国大学の創設資金900万円(当時)は、地元愛知県が国庫へ全額寄付するというかたちでの設立となった[11]。なお、名古屋帝国大学は、創設時には文科系学部は存在せず、理工学部と医学部のみの学部編成であった。


2009年06月13日

高エネルギーの定義にはいくつかあるが

「高エネルギー」の定義にはいくつかあるが、一般的に高エネルギー物理学では通常の生活では考えられもしないような物理現象をその対象としてきた。

原子核物理学は、化学実験から始まった。ピエール・キュリー、マリー・キュリーよる、ポロニウムの発見やラジウムの発見。そして、それらの原子が発する放射線の研究から、高エネルギー物理学への道が開かれた。

つまり、この項の定義である「高エネルギー物理学」とは、可視光線以上の周波数を持つ(もしくは、短い波長を持つ)放射線の研究から始まったものである。その後、様々な実験装置の開発によって、紫外線からエックス線、ガンマー線が発見され、それらが原子及び原子核内の物理反応に由来することが判明した。実際に、アルファー線はヘリウム原子核・β線は電子線・ガンマー線は原子核内の励起反応や電子陽電子の対消滅によって生じる。

20世紀に入り、加速器、霧箱、写真乾板など実験観測装置の進歩によって、それらが宇宙から来ることが分かり、それが全ての物質の根源であるというところまで来た。さらに、研究が進み、原子自身も電子、陽子、中性子からなることが実験的に証明された。更に、陽子や中性子を結びつけるものとして、中間子が発見され、物質の根源を探す研究者達の探求の試みはにわかに活気づいた。宇宙由来の放射線の研究や加速器が次々に建設され、対称性を持つ粒子や今の宇宙には存在しない粒子が見つかることになり、これらを分類することによって、素粒子物理学の第一期が訪れた。この時期に活躍したのが、日本人では仁科芳雄、湯川秀樹、朝永振一郎らである。
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第二期は、素粒子物理学の分類から始まり、その素粒子群が増えてきたことによって、これらの粒子にも根源となる粒子があるはずという仮説から、マレー・ゲルマンらによるクォーク仮説が提唱された。なお、同様の仮説は、名古屋大学の故坂田昌一によって提唱されているが、言語の壁等もあり、世界的に広まらなかった。しかし、実験分野では世界的に大型の加速器が建設され、日本でも大型の実験施設であるトリスタン計画がスタートし、遅ればせながら実験分野での貢献が始まった。

2009年06月09日

日本の歯科医師制度と現状

科医師は、医師とは別の国家資格である。歯科医師となるには、歯科医師国家試験に合格しなければならない。歯学部を卒業し学士(歯学)の称号を得ただけでは歯科医師になれない。

歯科医師国家試験の受験資格は、原則として大学において歯学の正規の課程を修めて卒業した者および卒業見込みの者(学士(歯学))に与えられる。正規の課程を卒業し、試験に合格し歯科医籍に登録をしたものは厚生労働大臣より歯科医師免許状が与えられ、これにより独立して歯科医業を行うことができる。また通常は、保険医登録も行うことが多い。
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さらに医療機関(診療所、病院)の開設者になる(すなわち開業する)には、歯科医師免許取得後1年以上の卒後臨床研修を修了しなければならない。

歯科衛生士に認められている一部行為を除き、他者の指示に基づかず歯科医業を行うことが歯科医師のみに認められている。また、主に歯科医業を行う病院及び診療所の管理者も歯科医師が就くものと定められている。

現在、歯科医師免許に更新期限はなく、歯科医業停止・免許取消を医道審議会により決定されない限り生涯にわたって有効である。

歯科医師免許は、診療科ごとに交付されるものではない。その為、各診療分野の学会が学会認定医などの認定を行っている。これらは法的な拘束力を持つ資格ではないため、標榜科名(現在、歯科、歯科口腔外科、矯正歯科、小児歯科の4科が認められている)は自由に標榜できる。なお専門医資格は、各学会の専門医を持っていないと広告できない(医師の専門医標榜制度と異なる)。

現在の歯科医師の収入については、歯科開業医の収支差額の平均値は1カ月当たり120万円程度となっており(厚労省の2005年医療経済実態調査より)、これを歯科医1人当たりの平均年収に直すと1028万円になる。平均としては依然として高収入であるものの、一部高額所得者が平均を上げているためであり、低所得の歯科医師も増えており、格差が広がっていることが指摘されている。同時に歯科医師間の競争が激化している傾向がある。詳細は歯科医師過剰問題を参照のこと。

また近い将来Aml等の実用化(2013年の商品化予定)によって虫歯が激減する可能性も指摘されている。日本人の約9割は、痛くなったり自覚的な問題が起きないと受診せず、受診動機も虫歯に関係する事が比較的多い。よって定期健診の義務付け等がなされない限り、更なる競争の激化につながる可能性もある。

2009年04月25日

サファヴィー朝

サファヴィー朝(ペルシア語 :Safaviyān)は、16世紀から18世紀前半にかけて現在のイランを中心に支配したイスラム王朝(1501年 - 1736年)。ホラーサーンからメソポタミアに至る歴史的イラン地域を支配した王朝としては初めてシーア派の一派十二イマーム派を国教とし、現在のイランとアゼルバイジャン、イラク南部で十二イマーム派が住民の大多数を占める状況を導いた。

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かつてはアラブ・テュルク・モンゴルなどの異民族の支配を脱して数百年ぶりにイラン人が建設した民族王朝としばしば説明され、十二イマーム派の採用もイラン人の民族意識の高揚によるとの理解が一般的であった。しかし、現実にはサファヴィー朝の勃興はトゥルクマーンと呼ばれるイラン・アゼルバイジャンの一帯に遊牧していたテュルク系遊牧民の軍事力に依っており、初期の国制もセルジューク朝から白羊朝までのイランの諸王朝にみられたのと同様に遊牧民の有力部族が地方の封建領主として実権を握り、ペルシア人の官僚が文官として君主を支えるという体制から外れるものではない。

そもそも、初代君主であるイスマーイール1世自身も祖母をテュルク系王朝白羊朝の英主ウズン・ハサンの妹、母をウズン・ハサンの娘とするきわめてテュルク系の血筋の濃い人物であった。ソ連解体により新たに独立したアゼルバイジャン共和国の歴史学会では、サファヴィー朝をイランを征服したアゼルバイジャン人王朝とみているほどである。この王朝が系統的にいずれの民族に属しているかは、この王朝の性格を考える上ではっきりと規定することは難しいし、規定すること自体はあまり重要ではない。しかし、この王朝が十二イマーム派を採用したことでイラン、アゼルバイジャンなどにシーア派が根付き、これらの地域が他の地域から政治的・文化的に分かれた地域として、イラン国家、アゼルバイジャン国家に繋がる民族意識の基礎が築かれたことは否定できない。

2009年04月08日

併設組織IRCAM(イルカム)

1980年代 [編集]
1980年代よりコンピュータを用いる音楽がそれまでの電子音楽に代わって主流となった。1976年に生まれたパリのポンピドゥー・センターの併設組織IRCAM(イルカム)は、現在でもなおヨーロッパのコンピュータ音楽の最先端の研究施設である。初代所長はピエール・ブーレーズ。生楽器を演奏して特定の音程や音色をマイクで拾い、瞬時にコンピュータによる音響処理に連動させるソフトウェアMAX(現在の名称はMAX-MSP)は、IRCAMで開発され現在では世界中で使われている。ブーレーズはこのソフトウェアを使った音楽作品として「レポン」、「二重の影の対話」、「シュル・アンシーズ」、「アンテーム2」などを書いている。ダルムシュタットやドナウエッシンゲンではライヴ・エレクトロニックという分野を特別に設けている。

パリにはもうひとつラジオ・フランス内にINAという組織が持つGRMというコンピュータ音楽研究施設があり、これをINA-GRM(イナグラム)と呼んでいる。こちらはジャン・クロード・リセ、リュック・フェラーリなどの作曲家を生み出した。INA-GRMは現在ではIRCAMと技術を競い合っている。

またイアニス・クセナキスはパリのフランス郵政省内のCEMAMu(数理的自動音楽研究センター)で、タブレットボードに線を描いて入力した図形を電子音響処理する装置UPIC(ユーピック)を開発し、湯浅譲二、高橋悠治及び嶋津武仁といった日本の作曲家たちの創造力を大いに刺激した。

イタリアのルイジ・ノーノはこれとは別に、ドイツのフライブルクのSWR南西ドイツ放送のハインリッヒ・シュトローベル財団の電子音楽スタジオに頻繁に通い、晩年の「アン・デア・ドナウ」などのライヴ・エレクトロニック電子音楽作品や、東京で初演された「ノ・アイ・カミノス、アイ・クエ・カミナール」等、傑作管弦楽曲の作曲の大きな助けとした。

アメリカのカリフォルニア大学、コロンビア大学、ドイツのロベルト・シューマン音楽大学やフライブルク音楽大学(メシアス・マエグアシュカ)・フランクフルト音楽大学・シュトットガルト音楽大学(エアハルト・カルコシュカ)・ベルリン工科大学などにも優れたコンピュータ音楽の研究施設があり、和声学・対位法・楽式・12音-セリエル技法等と並ぶ音響作曲法修得としての理論科・作曲科大学院学生の卒業試験の必須科目とされている。

これらの音響研究施設では、電子的に生み出される音響の研究のほか、作曲にかかわる理論をコンピュータに計算させることについても多く試みられている。現在の代表的な作曲用計算ソフトとしてオープン・ミュージックが挙げられる。

一方商業用に一般販売されたシンセサイザーは、1982年に発明されたFM音源を用いたFMシンセサイザーにより大きく発展した。それまでのアナログ・シンセサイザーの原理である加算合成は音色を作るのに理論的な制限は無いが、複雑な音を得ようとすると何百何千という多数の回路とそれを処理する高性能な演算装置(つまり当時では大型コンピュータを意味する)が必要であり、そのような音色を得るための装置を作るには大学の研究施設並みの設備と資金が必要である。したがって一般的に販売される十数万円程度のアナログ・シンセサイザーの回路数は多くて十数個程度であり、音色もずいぶん制限された。それに対し、FMシンセサイザーは厳密に言えば音色は有限であるものの、FM音源回路は基本的には単音ごとにわずか2つの回路で音色を合成するために演算装置も簡単なもので良く、したがって経済的な視点から見ると、例えば十数万円といった同じ価格でこれまでよりもずっと多彩な音色を得られるようになった。初期の代表的な機種にヤマハのDX7があり、リチャード・タイテルバウム、ジャック・ギヨネが愛用した。

1990年代以後 [編集]
1990年代の日本では「テクノ」などのポピュラー系の要素が追加され、渡辺晃一などの電子音楽だけの専門の作曲家も出てきていて専門性の分化・住み分けが顕著になってきている一方、逆にヨーロッパではケルンのミキ・ユイやシュトットガルトのウォルフガング・カイムなどのような、必ずしも音楽の専門教育を受けない美術大学系の芸術家たちが総合芸術と称して、生の即興音楽や電子音楽の切り貼りなどの作曲も自分の美術の展覧会のオープニングなどで一緒に行ってしまう傾向が強い。今日ではケルン放送協会のWDR-3がFMラジオ番組で積極的に、毎週一回・各一時間の純粋な電子音楽(テープ音楽、CD音楽、パソコンのライブ音楽、ライブ・エレクトロニックなど)だけの時間と同じく音響芸術(サウンド・デザインや環境音楽、ラジオ・ドラマなど)の二番組を設けるほどの大きな分野となってきている。電子音楽の専門番組はWDRだけにとどまらず、例えばラジオ・フランスのFrance Musiques、スウェーデンのSR-P2、オランダのConcertzenderなどでも専門枠として放送されており、またそれら以外の放送局の既存の現代音楽番組の中でも頻繁に取り上げられている。これらは現在インターネットを通じて世界中で聴取可能である。

音響芸術/ラジオドラマ [編集]
HörspielまたはAkustische Kunst独語
現代のラジオをメディアとした電子音楽の一部門。ドラマのようにNHKのFMのような脚本がある場合と、ドイツのFM放送のように単なるテープによる電子音楽のように話の筋が全くないものと、その中間の形、いろいろな音響の要素を混ぜた(コンクレート)形などいろいろある。さまざまな音響テクニックを駆使したラジオ芸術として、また音響作曲法(Klangkomposition)の典型的な一形態としてFMラジオで流す目的のために制作・作曲される。即興演奏とは違ってすべてテープなどに形として録音・編集されライブはほとんどない。マウリッシオ・カーゲルやジョン・ケージ(Roaratorio:1979など)の作品等が有名であるが、古典的音楽理論を特に必要としないため、美術系や音響系の人が制作する場合も頻繁にあり、カール・シュカのような専門の作曲家・製作者も欧米には存在する。この分野の有名な賞に毎年ドナウエッシンゲン現代音楽祭で授与されるカール・シュカ賞がある。別名「ラジオ芸術」(Radiokunst独語)とも言う。

ベリア スニップ プット オランダ ポーズ フォロー 最終便 パピヨン カボル モンク デキス ライザー ユビキ オレン ムニエ はまおぎ タブカラー ライフ カーチ チークダン くぼち ビスター きこう しらかば シャー ポリタン リノリ ダンプ サスペ レーヨン ラバトリー ノルマ サイトシテ パルス アゼル マウンテン ジュール トリビア ジャパネ センタ リード いもづる カプラー レンレン ポーザル みやこ ダンテ トックス オーラ ジョンブル


2009年03月24日

名鉄モ1090形電車

名鉄モ1090形電車(めいてつも1090がたでんしゃ)とは、かつて名古屋鉄道で運用された架線電圧1500V用の通勤形電車である。

1941年(昭和16年)に名古屋鉄道と合併した三河鉄道から移動した電車であるが、元々は筑波鉄道[1]の木造客車を改造した電車である。

本項では、電動車のモ1090と制御車のク2120についても記述する。

沿革 [編集]
元々は筑波鉄道が路線延長と電化を計画し、1925年から1927年に増備した日本車両製造製の木造客車である。この客車2形式(ナハフ100形101?105、ナロハ200形201?204)は、当初から電車と同様の車体構造で製造されており、必要があれば電装品を搭載して電車に改造可能であった。しかし不況の影響と路線近傍の柿岡にある地磁気観測所での観測に直流電化が悪影響を与えるという理由で、路線延長と電化計画は中止となった。この電車形客車は蒸気機関車に牽引されて運転された。

1937年、筑波鉄道はガソリンカーを導入すると、これらの電車形客車は余剰となる。そこで2両(ナハフ101、ナロハ203)が三河鉄道に譲渡される。三河鉄道は電装品を搭載させ電車化。サハ20(後にデ150に改称)とサハフ30と改称する。

1941年、三河鉄道は名古屋鉄道に合併すると、モ1090(1091)とク2120(2121)に改称する。以後三河線で使用される。

1957年、3700系に電装品を譲渡し、廃車となる。

その他 [編集]
筑波鉄道のナハフ100形、ナロハ200形のうち、ナハフ102、ナロハ201・202・204が1937年に阪和電気鉄道(後の南海電気鉄道山手線。現JR西日本阪和線)に譲渡され電車化。1939年にサタ800形(同年に機器整備でクタ800形に改称)として竣工している。

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2009年03月08日

ポーク卵

ポーク卵(ポークたまご)とは、缶詰のポークランチョンミートと鶏卵を使った料理。沖縄県の大衆食堂で、よく眼にする定食メニューの一つである。

沖縄県では、第二次世界大戦後の占領時代に米軍によって持ち込まれた缶入りポークランチョンミート(略称「ポーク」)が、一般家庭の食材としても定着しており、味噌汁の具やチャンプルーなどさまざまな料理の素材として用いられる。そういった中で、ポークを薄切りしたものを炒め、これと卵焼き(もしくは目玉焼き)を惣菜にする、というのは、ごくありふれた食事風景であった。これをそのまま食堂のメニューにしたものが「ポーク卵」である。

通常、この名で出るものは、一枚の皿にやや厚めにスライスし、両面を炒めたポークが三枚くらい、それに卵焼き(オムレツ風かスクランブルエッグまたは目玉焼き)があってケチャップが添えられている。そのそばに少量の生野菜、それにご飯(茶碗かどんぶり)と汁物がつく。 沖縄の大衆食堂ではごく定番のメニューであり、たいていは食堂で一番安いメニューの一つである。

諸外国での類似料理
ハワイ・グアム
沖縄と同様に偏った形の米国植民地文化が流入したハワイやグアムなどにおいても、ポークランチョンミートと卵を組み合わせた料理は朝食の定番となっている。ただこちらでは商品名を取って「スパム・アンド・エッグズ (Spam and eggs) 」と呼ばれることが多い。
チャーター ファック なめこ バルチス 七色の風 サイドスタ アップ ジプシー ビルマ 赤唐辛子 牧場の家 ストック スリング アーケイズ ヒエロ バースト 一本釣り ダウナー 夏の日 青春の谷間 ワラン バターピ 風神雷神 マイイレ バード トロイオ デコルテ バビロン マロン てっけん 番外野郎 ダイハー ナイロビ オマーカー フルライ テリー 赤オクラ アップ 検索マナ メータロィ ブータン カニ歩き ヒーロ ローゼ スキャン 一本勝負 ガーケキ わらづと フラッ マルトル

香港
中華料理が基本の香港でも、ポーク卵系のメニューが茶餐廳という喫茶レストランにある。皿に盛ったご飯の上にポークランチョンミートと卵を焼いて乗せた「餐蛋飯(広東語 ツァンダーンファーン)」の他、インスタントラーメン、サンドイッチ、スープマカロニの具としてもポーク卵がよく使われている。香港の場合、スパムなどの欧州品の他に、価格の安い中国産のものが多く出回っているため、多くの店舗では、中国製品を使っている。中国のポークランチョンミートには、円筒形の缶入りのものもあるため、厚切りの丸いハム状で出てくることも多い。

欧米
もちろんアメリカやヨーロッパにも朝食メニューとしてのポーク卵は存在する。しかしながらこれら肉食文化圏の先進国においては、缶詰のランチョンミートは最も安価で低級な食材(日本における魚肉ソーセージのような存在)として認識されており、特にこの種の食品の代名詞であるスパムは差別や嘲笑のネタとして扱われることが多いため、中流以上の人々が外食時に好んで口にすることは多くない。非常に有名なギャグとしては英国のTV番組モンティ・パイソンで放送された、食堂に行ったら全てのメニューにスパムが使われていて客が怒り狂うというものがあり、後に迷惑メールの代名詞として用いられるようになるきっかけを作った。

2009年02月20日

ゼ・バルマリィ帝国

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ゼ・バルマリィ帝国とは、スーパーロボット大戦シリーズに登場する星間国家である。

αシリーズ
銀河系中心部に広大な版図を持つ大国。霊帝と呼ばれる少年王が頂点に立ち、その下に十二支族という支配層が存在する。文化や文明は民族の堕落を防ぐという名目で、これらの支配層が独占している。ズフィルードという創生神を信仰する宗教が存在する。

元々の起こりは文明をゼントラーディやメルトランディ、宇宙怪獣の破壊から守護するためであったと言われている。建国から2万年近くが経過しており、様々な異星文明を吸収しながら拡大を続けてきた。しかし、ゼントラーディやメルトランディ、宇宙怪獣、ゾヴォーグとの長年に渡る戦争は国力を疲弊させ、その敗色は濃厚となった。最後の手段として銀河辺境に辺境方面軍を派遣して未知の文明と戦力を取り込み、更に他の銀河系に外宇宙方面軍を派遣して戦力の拡充を図った。だが、外宇宙方面軍はバッフ・クランとの戦闘で壊滅、7つあった辺境方面軍もSTMCやαナンバーズの手によって次々と壊滅し、滅亡はもはや時間の問題であった(第3次αスタート時ではエペソ艦隊、サルデス艦隊、ヒラデルヒア艦隊の方面軍が確認されている)。

最終的にαナンバーズの本星急襲とシヴァー・ゴッツォの反乱で体制は崩壊し、本星もまたアポカリュプシスによる流星の直撃を受けて破壊されてしまい、生き残った民衆は他の惑星へ移住した。

αの時点で(アポカリュプシスの前兆である)宇宙怪獣を最大の敵として、宇宙怪獣がラオデキヤ艦隊を壊滅させるストーリーを考えていたが、言葉を話さない宇宙怪獣がラスボスでは良くないという理由でラオデキヤ艦隊がラスボスになったと攻略本のインタビューにてプロデューサーが語っている。

OGシリーズ
メテオ3(セプタギン)を地球に落とし、ネビーイームを地球へと送り込んだが、イングラムやヴィレッタがネビーイーム内を調べた限りでは、ゼ・バルマリィ帝国に関する詳しい情報を得る事はできなかった。また、ヴィレッタは既に彼らが存在していない可能性も示唆している。

幹部クラスの戦闘BGMは『THE ARROW OF DESTINY』。

外宇宙方面軍
α……正式名称ゼ・バルマリィ帝国外銀河方面監察軍。基本的な編成は辺境方面軍と同じだが、別銀河へと遠征に向かったのでこう呼ばれる。辺境方面軍同様、外の銀河系を征服して戦力を取り込もうとしたが、バッフ・クランの圧倒的な戦力の前に壊滅してしまい、バッフ・クランが銀河系に進出するきっかけを作ってしまう。
十二支族
ゼ・バルマリィ帝国で、古くからの支配階級となっている一族の事を指す。文字通り全部で12存在しているらしく、現在解かっているのは、ゴッツォ家、トーラー家、ドバン家、カイツ家、ティクバー家5つの一族である。
帝国監察軍
α……正式名称ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍。少なくとも7つの艦隊があり、その内、ラオデキヤ艦隊、テアテラ艦隊、エペソ艦隊、サルデス艦隊、ヒラデルヒア艦隊が登場している。いずれもヘルモーズ級戦艦を旗艦としており、バルマー帝国の主戦力が集められている。その目的は、ほかの星を侵略しその星の戦力を取り込むことであり、ガンエデンシステムの末端とも言える。しかし、ラオデキヤ艦隊とエペソ艦隊は地球侵攻に失敗し、ベルガモ艦隊、テアテラ艦隊は宇宙怪獣との戦闘で壊滅、サルデス艦隊とヒラデルヒア艦隊はバルマー本星でαナンバーズとの戦闘に敗れたが最終的にサルデスとヒラデルヒアは生き延び、艦隊はバルマー本星からの民衆の脱出に使われた。名称は『マクロスシリーズ』に名前のみ登場するゼントラーディの対抗勢力「監察軍」からの流用。
ハイブリッド・ヒューマン
αシリーズ……ゼ・バルマリィ帝国の十二支一族の一つであるゴッツォ家が、能力の優れた人間に艦隊の指揮を執らせるべく、優秀な人間の遺伝子を複合させて生み出した人造人間の事を指す。ジュデッカ・ゴッツォの名を持つ人間がこれに該当しており、帝国監察軍7つの艦隊それぞれの指揮にあたっている。7人のジュデッカ・ゴッツォの名称は、ヨハネの黙示録に登場した、古代キリスト教の小アジアにおける7つの主要となった教会の名称から取られている。ハザル・ゴッツォやエイス・ゴッツォは人造サイコドライバーとして作られたハイブリッド・ヒューマンでもある。
創世神ズフィルード
α……ゼ・バルマリィ帝国の創世を行ったといわれる神の名で、霊帝ケイサル・エフェス(ゲベル・ガンエデン)の事を指す。帝国監察軍最強の切り札である兵器にもこの名を用いられている。

人物
元地球人
レビ・トーラー(声優:折笠愛)
初出は『スーパーロボットスピリッツ』のラスボス。その正体はアヤの妹マイ・コバヤシで、かつて特殊脳医学研究所で実験をされていた際の事故で死亡したと偽装され、イングラムによってネビーイーム(『α』ではゼ・バルマリィ帝国)に連れさられ、「レビ・トーラー」という人格が植えつけられた(『α』シリーズではエツィーラの手によるもの。『OG』ではバルマー本国が現存しているかどうかすら不明)。『α』ではリュウセイによって救出された際にエアロゲイターにいた頃の記憶を失うが、そのままR-GUNパワードのパイロットになった。左右の瞳の色が違うが、洗脳が解けると両方とも同じ色となる。以後『α外伝』まではレビ・トーラーとして登場するが、『α外伝』から『第3次α』までの間でケンゾウとアヤに「マイ・コバヤシ」として引き取られた。『OG』ではネビーイームでの戦いに敗れて死亡したものと思われていた(アニメ版ではジュデッカ撃破時にマイとしての自我を取り戻したかのような描写がある)が、『OG2』で発見されたジュデッカのコアの中にいるのを発見される(以後の経緯はSRX計画#マイ・コバヤシを参照)。レビとしての記憶は未だに残留思念として残っており、マイを苦しめる。また、その当時の念動力は現在のマイの比ではない。初出の『スピリッツ』では戦闘メカザブングルでの未来の地球こと惑星ゾラの支配者イノセントの宇宙勢力ネオ・イノセントの主導者であったが、バルマーとの戦争に敗北寸前となり封印されたDG細胞を使用した兵器であるジュデッカを初めとする、エアロゲイターシステムを起動させるが、ラオデキアに洗脳され、過去の時代にスーパーロボットのデータを収集するために利用されてしまう(つまり、『スピリッツ』のレビはマイ・コバヤシではない)。主な乗機はジュデッカ(レビ機)、ヴァイクル、R-GUNパワード、量産型ヒュッケバインMk-II。専用BGMは『MARIONETTE MESSIAH』。
アタッド・シャムラン(声優:中澤やよい)
初登場は『OG』。ネビーイームではレビ・トーラーに次ぐ2番手的な存在。ゲーザやガルインなどの精神コントロールを担当。純粋なバルマー人でないゲーザやガルインを人形呼ばわりし、人間ですらないイングラムを嘲笑するが、実は彼女の正体は、かつて特脳研で被験体になっていて、事故の時にマイと共にネビーイームに運ばれた少女ジェニファー・フォンダが改造された姿である。ネビーイーム内での戦闘でその事実を知るが、事実を受け入れられないあまり混乱状態になり、その直後にイングラムに射殺される(『OG』リュウセイ編)。『OG』キョウスケ編ではその事実を知らないまま死亡。アニメ版ではリュウセイとライの連携攻撃の前に破れ、死に際にジェニファー・フォンダとしての記憶を取り戻して死亡した。トラウマシャドーという能力を持っており、相手に巧妙な幻覚を見せることができるが、アインストにより再生された人間であるエクセレンには通じず、サイバスターを欺くこともできなかった。
ゲーザ・ハガナー(声優:川津泰彦)
初登場は『OG』。ネビーイームから送り込まれた有人機のパイロット。地球人をサル呼ばわりして見下す高慢な性格だが、精神が不安定でよく頭痛を起こす。念動力者がデジャヴを感じ、語尾に特徴のあるしゃべり方をするが、その正体は、ジュネーブでの決戦で死亡したと思われていたテンザン・ナカジマが秘密裏にエアロゲイターに回収され、アタッドの改造手術によって変わり果てた姿である。外見は殆ど面影を残しておらず、更には戦争をゲーム感覚で戦うイデオロギーも強化されている。ネビーイーム内でヴァイクルに搭乗し決戦を迎えるが、死ぬ間際に精神崩壊同然の状態で自我を取り戻す。彼の死を見てリオは自業自得とけなしていたが、同じ元ゲーマーで一歩間違えればテンザンのようになっていたかもしれなかったリュウセイやリョウトは複雑な思いをしていた。
アニメ版では未登場であるため、テンザンはジュネーブでの決戦で完全に死亡している。
ガルイン・メハベル
初登場は『OG』。体の大部分を機械に改造されたサイボーグ。“ゲシュペンスト”という言葉に特別な反応を示す。その正体は、乗機のゲシュペンストMk-Iの2号機と共に消息不明となった元教導隊のカーウァイ・ラウ大佐がアタッドの改造手術によって変わり果てた姿である。ギリアム、カイ、ラトゥーニらによる初戦後の調査によって彼がカーウァイ・ラウ大佐本人である事を示唆される(キョウスケ編ではその後の戦闘でさらに追跡調査が行われ、96.4%の確率で同一人物であると判明する)。当初は、カスタマイズされたエゼキエルに搭乗していたが、最後はエアロゲイターの技術によって徹底的に強化されたゲシュペンストMk-Iの2号機に搭乗し、かつての教え子であったギリアム達に襲い掛かる。教導隊の面々と接触したせいかかろうじて記憶が残っており、最期はギリアム(キョウスケ編では教導隊の面々)に、自分を解放してくれた礼を言って散る。OGSでは台詞があるが声優は???となっている。
アニメ版では未登場。

ゴッツォ家
ユーゼス・ゴッツォ(声優:大友龍三郎)
初出は『スーパーヒーロー作戦』のラスボス。ゼ・バルマリィ帝国監察軍第7艦隊副司令で、階級は「騎爵」。ゼ・バルマリィの貴族階級十二支族の中で軍事をつかさどるゴッツォ家の出身。独自に機動兵器の開発も行った。地球圏最強の戦力を自らの軍に取り込むべく地球圏に赴く。ラオデキヤから単独行動を許されている唯一の人物で、常に仮面を被っている。『スーパーヒーロー作戦』内では人間を軽く見ている反面、地球に見惚れ自然を愛好している一面もあるが(そもそも、スーパーヒーロー作戦のユーゼス・ゴッツォはバルマー人ではなくバード星人と地球人の混血である)、臆病でありながら粋がっている地球人を絶望、蔑視している傾向がある。『α』では真の霊帝ケイサル・エフェスの影響からかもしくは全くの別人格であるのか、人間に対してはエンジェル・ハイロゥに眠る全てのサイキッカー達を脳髄のみの姿にするなど、残虐で非道な作戦を実行する。実は、第7艦隊を裏で操っており、自らの野望「ゼ・バルマリィ帝国そのものへの反逆」「CPSによって新たな世界を創造し、そこで全能なる調停者となる」を達成すべく、本格的な侵攻の前に地球圏に単独で訪れ、地上のみでなく、地上内に存在する異世界にまで様々な暗躍を行った。『第3次α』において、霊帝ケイサル・エフェスの存在等、ゼ・バルマリィに隠された真実を知っていた事が明らかになっている。彼自身は無限力に一足早く取り込まれた。主な乗機は、アンティノラ、ジュデッカ(ユーゼス機)。『α』の最終決戦で自らが破れた時ロンド・ベルに対してバルマー帝国は強大だと警告した。DC版『α』の追加ルートではその野心を霊帝(ユーゼスがケイサルに接触していたと思われる3次αを考慮するとケイサルと思われる)に見抜かれており、ヘルモーズの中に潜んでいたオリジナルのラオデキヤの手によって志半ばで呆気なく命を落とした。なお、『スーパーヒーロー作戦』ではイングラム(ヴィレッタ)は彼のクローンであり、彼の良心の姿を生き写した者だと悟られる(『α』では不明)。
アニメ版でも仮面の男という役名で彼らしき人物が登場しており、最終話ではイングラムの意識を乗っ取ったが声優が違うため(声優:乃村健次)、本人であるかは謎。彼の一族は皆同じような仮面をかぶっておりDWではネビーイーム、R-GUNリヴァーレのコクピットにも仮面と同じデザインの紋章(?)が確認できる。
『OGS』の『OG1』シナリオ冒頭にも彼らしき人物が登場しており、イングラムの意識を乗っ取る他、霊帝への反逆を目論んでいる事をはっきりと口に出している。また、個人の野心よりもゴッツォ家への忠誠を優先させているかのような言動も取っている。
ハザル・ゴッツォ(声優:吉野裕行)
初登場は『第3次α』。ゴラー・ゴレム隊の指揮官で愛機はヴァイクラン。ユーゼスが残したデータを基にSRXを破壊する。決戦では副官のエイスのディバリウムと合体したガドル・ヴァイクランを操る。基本的にバルマー人以外は虫けら扱いし、部下も手荒く扱うところがあるが、お世辞にも指揮官として有能な人物とは言えず、側近であるエイスやキャリコ達バルシェムにまで好き勝手な行動をされていた。また、父親のシヴァーにだけは絶対的な心酔をしているためか、シヴァーが注目しているサイコドライバーの力を持つリュウセイやクスハに対しては過剰ともいえる敵愾心を持って戦いを挑んでくる。バランとは昔師弟関係でルリアとは顔馴染み。実はバルシェムシリーズやジュデッカ・ゴッツォ型と同じハイブリッド・ヒューマンで、サイコドライバー能力を引き出すための実験体であった。本人はその事を知らされず、普通の人間のように育てられたため、生粋のバルマー人と信じていた。三重連太陽系宙域の戦いで敗北した直後にエイスに真実を明かされた後、エイスの手で粛清された。専用BGMは『CROWN MASTER』。
エイス・ゴッツォ
初登場は『第3次α』。愛機はディバリウム。ハザルの副官で、まるで漫画のコンピューターの様に片言を喋りながらも冷静沈着でハザル以上に指揮官能力が高い。ハザルの命令のままに動く様に見えるが、裏でシヴァーによって特殊任務の命令を受けており、ハザルもその事実については知らなかった。ユーゼスやシヴァーの様にいつも仮面をつけており、ハザルの解説によると、幼い頃の事故で顔に重度の火傷を負ったのが原因であるらしいが、幼い頃からの付き合いであるハザルがエイスの素顔を知らないという事は絶対にありえないと、孫光龍も怪しんでいた。実は、その正体はハザルの予備体でハザルとは同じ顔だった。人間らしく育成されたハザルと違い、自身が兵器として産み出されたハイブリッド・ヒューマンである事を自覚しており、どのような任務も冷徹に遂行していった。バルマー本星の戦いで敗北した時も、任務に失敗した兵器は消えるだけだと言って散っていった。
シヴァー・ゴッツォ(声優:屋良有作)
ゼ・バルマリィ帝国の宰相にしてゴッツォ家をとりまとめる当主であり、さらに帝国屈指の科学者でもある超人的人物。霊帝ルアフへの反乱を目論見、そのための戦力としてゴラー・ゴレム隊を配下に持つ。また、自らの戦力として取り込むためにゴラー・ゴレム隊に地球への侵攻を命じた。ゴラー・ゴレム隊の指揮官であったハザルを使い捨てにしてしまう等、かなり非道な作戦を実行してきたが、全ては母星であるバルマー星を守るための行動で、あえて非情に徹したと思われる。バルマー星とバルマーの民を単なる道具としか見なしていないルアフへの憎しみは深く、念動力を使い果たして弱体化したルアフを滅多打ちにして殺害した。その後、イルイを利用してゲベル・ガンエデンでαナンバーズに戦いを挑むが、ほとんど自殺に近い行動であった。このことから、自らが犯してきた罪を自分の手で清算するための行動であったと思われる。事実、バルマー本星の民衆は戦闘が起きる前にシヴァーの手で本星を脱出させられていた。しかし、根っからの悪人ではないものの、ルアフと同等に傲慢な上にバルマー人を至上とする主義を持っているため地球人を認めず、かつての友であるバランに「獅子身中の蟲」呼ばわりされてしまう。専用BGMは『ZEST SEVEN』。これは『スーパーヒーロー作戦』でウルトラマンの力を渇望していたユーゼス(超神ゼスト)に対して二代目ユーゼスとも言えるシヴァーはウルトラセブンとなるネタとされている。

2009年02月04日

白水会(はくすいかい)

白水会(はくすいかい)とは、住友グループの旧直系、準直系、またはそれらから分離した企業など、グループの中核的会社の社長によって構成される社長会のことである。
キンキ ツバター 夜の足音 きこう シーメー ミーンズ シャーク ニュピ 新秋柿 チャー インス 線香花火 オーピ スチーマー トレッチ ふくいく リバティプ リトミック ターメ スピーカー ノーシャ パラフィン ルコウソウ パルサー ギニョー ホウセン フォー ウォー でらいと ケット おおわ ハック バンクス レンテン ナンバー ゆうな トロイ パルテ フェースオ ゼラチン シャク ステレオ アーム マウンド ミゼラブル マインド スイング じょうめ メタリック 浦島太郎

昔の住友財閥における中枢統括機関としての本社(持株会社)があって、人事、資金、販売のいずれも一元的に管理し、傘下企業を強力にコントロールする体制が確立していたころのものではなく、これに代わる住友グループ内企業の横の連携をはかるための連絡機関、ないしは「非公式の経営執行委員会」という位置づけである。戦後の新しい経済環境の中で企業グループの結束を強めることによって協力体制をととのえ、情報を提供しあい、また一企業ではカバーしきれない新産業分野にグループで進出しようとする戦略に寄与するものである。

白水会の初期の活動はよく知られていないが、戦後数ヶ月を経ずして早くも準備されはじめた。1949年(昭和24年)の時点で、白水会には住友直系12社が結集した。正式には、1951年4月に発足している。古田俊之助(第七代住友合資会社総理事)や土井正治(元住友化学会長)、田路舜哉(元住友商事会長)などの提唱によってはじまったといわれる。

第一回の会合には、旧直系の化学・金属・鉱山・銀行・信託・生命・電工・機械・電気・倉庫・石炭・日本建設産業の12社の社長が参加した。社屋、総合病院の問題をはじめ各社共同で相談する案件が多く残っていたようである。住友が戦後の混乱期に、他財閥にさきがけいち早く社長会による集団指導体制を確立し、連帯意識の統一に成功した要因は、住友の場合、銅山経営を中核として多角化が進められ各企業の相互関係が比較的強かったことや、グループがスマートにまとまっており旧本社の統一人事による派閥がなく、「人の三井」、「組織の三菱」に対して文字通り「結束の住友」であったこと、銀行を中心に、信託・生命などの強力な金融機関が存在したこと(金融機関は直接的な解体をまぬがれた)などが考えられる。

結成当初は春秋2回の会合であり、秘密会であったが、昭和20年末にはその存在を明らかにし、会合も月1回となった。白水会の呼び名は、当時大阪銀行(住友銀行)の鈴木剛社長の提案で、その昔、住友家が「泉屋」と号して銅商をはじめたことに由来し、「泉」を上下に分けて「白水」としたものである。この白水会は現役社長以外の代理出席は認めないという厳しいもので、他の財閥の社長会にくらべもっとも積極的に活動し、その統制力も強いといわれる。この他、会議内容は一切非公開、議決は満場一致、幹事は回り持ちとするなどが社長会運営上の基本ルールとなっている。

また、その協議事項も、当初は寄付金や住友病院、厚生施設など形式的なことが多かったが、やがて新規事業の計画、系列企業対策、商標、社章(井桁紋)に関することなど、住友グループ全体にかかわる問題のすべてがここで取り上げられるようになった。ただし各企業の最高人事や、各企業に対する直接的統制は白水会の権限外である。しかしこと住友グループに影響の大きい問題については、白水会が最高の連絡協議機関であり、こうした意味から「非公式の経営執行委員会」と呼ばれる。

ちなみにグループ内には、社長のOB会である「白泉会」(はくせんかい)や、副社長・専務クラスの会合で、白水会に提出する議題の事前調査・企画などを担当する「五日会」(いつかかい)もある。

なお戦前準直系であった日本板硝子と大阪住友海上火災の2社は3回目の会合から正式に出席するようになり、また昭和25年、現在の住友金属鉱山が参加、その後昭和33年に住友不動産、39年に住友セメント(現・住友大阪セメント)が加入、さらに52年住友林業・住友軽金属工業・住友建設(現・三井住友建設)・住友ベークライト・住友アルミニウム製錬が加わった。白水会への加入資格としては、旧直系・準直系かまたはそれから分離した企業で、資本的にも独立した大企業であるが、住友セメント(元三菱系)や住友アルミニウム製錬(非上場)などの例もありグループ内の微妙な政治力学も考えられる。

住友政友が京都で開いた「富士屋」が発祥であり、企業グループとしての住友は別子銅山から始まる。 住友は三菱グループ以上に「結束の住友」として井桁マークののれんにこだわった。また、住友グループ主要企業の社長会である「白水会」においては、他の企業よりも数が少なく、それだけ直系を重視している。三菱や三井に比べて近代化には乗り遅れたものの、その後各企業を伸ばしていき、住友銀行や住友商事の利益を日本一に導いた。

住友グループの中核とされる、三井住友銀行、住友金属工業、住友化学3社を「住友御三家」、住友商事、住友電気工業、日本電気3社を「住友新御三家」と呼ぶ。

住友銀行がさくら銀行と合併した際は、住友と三井の合併が進むかに見えた。しかし、住友化学と三井化学のように、住友系企業と三井系企業の合併が白紙撤回になるケースもある。また、三井住友銀行となって、設立した三井住友フィナンシャルグループには同じ住友の金融系である住友信託銀行は参加しないなど、業界における住友系企業が結束するとは限らない。

1985年のつくば万博の住友館では、住友グループにとって初の試みとなる、3D大型立体映像アトラクション「大地の詩」にも制作協力に関わっていた。

日本最大の組織設計事務所であり、東京タワー、東京ドーム、京都迎賓館等、日本に置ける主要な建築物の多くの設計業務をてがけている日建設計は、戦後、日本建設産業(住友商事の前身)から独立し、現在に至っている会社である。そのため、住友系企業の自社ビルはほとんどが日建設計によるものである。

※井桁マークの社章は「住友」と名乗らない企業(日本電気、明電舎等)では基本的に使われないが、「住友」と名乗る企業でも企業合併があった会社(大日本住友製薬、三井住友銀行、住友ゴム工業=ダンロップ等)でも使われていないものがある。(住友ゴム工業は、現在、住友ゴムグループとして、井桁マークを用いている)また、福岡県北九州市を発祥とするデパート井筒屋も井桁マークを使っているが、特に関連はない。

主要会社
子会社や関連会社まで含めると膨大な数に上る為、ここでは、住友グループ広報委員会(38社)及び住友グループの社長会である白水会(20社)に参加している主要会社のみを挙げた。尚、白水会20社は全て住友グループ広報委員会に参加している。

社名 住友グループ広報委員会 白水会 備考
住友大阪セメント ○ ○
住友石炭鉱業 ○ ○
住友金属鉱山 ○ ○
住友金属工業 ○ ○
住友軽金属工業 ○ ○
住友精密工業 ○ -
住金物産 ○ -
住友化学 ○ ○
住友精化 ○ -
大日本住友製薬 ○ -
住友ベークライト ○ ○
住友重機械工業 ○ ○
住友建機 ○ -
住友電気工業 ○ ○
住友電設 ○ -
住友電装 ○ -
住友ゴム工業 ○ -
東海ゴム工業 ○ -
日新電機 ○ -
明電舎 ○ -
日本電気 ○ ○
日本電気硝子 ○ -
日本板硝子 ○ ○
住友林業 ○ ○
住友不動産 ○ ○
住友倉庫 ○ ○
住友商事 ○ ○
住商情報システム ○ -
住友三井オートサービス ○ -
三井住友建設 ○ ○ ※
三井住友海上火災保険 ○ ○ ※
三井住友銀行 ○ ○ ※
三井住友ファイナンス&リース ○ - ※
三井住友カード ○ - ※
SMBCフレンド証券 ○ -
日本総合研究所 ○ -
住友信託銀行 ○ ○
住友生命保険 ○ ○

※注1:住友軽金属及び住友精密の両社は、住友金属より分離独立した会社。
※注2:三井住友銀行(旧住友銀行)と住友信託銀行の両者は93年頃より広報委員会に加盟。
これに伴い住友VISAカード(現三井住友VISAカード)から正式社名である住友クレジットサービス(現三井住友カード)へ名義変更、80年代半ば頃から加盟していた住友信託子会社の住信VISAカード(住信カード)は脱退。
※注3:2000年頃に住友建機(旧)を解体、クレーン車以外の建機事業を親会社・住友重機械が新設する住友建機(新)(旧会社の製造・販売子会社譲受後に中間持株会社となる)へ譲渡、旧会社は住友重機械建機クレーンに商号変更(後に日立建機とクレーン車事業で包括提携、事業統合して現在の社名へ変更(詳細についてはこちらを参照))。
※注4:三井住友フィナンシャルグループ(三井住友銀行・日本総研・三井住友カード・SMBCフレンド証券等の金融持株会社。純粋持株会社でもある)と住友商事はリース分野で包括提携、系列リース会社と系列自動車リース会社をそれぞれ2007年秋に統合させて、新会社(三井住友ファイナンス&リース・住友三井オートサービス)を設立した。
※注5:経営再建中の三井住友建設は現在、大和証券SMBCの支援下に入っており、その関係からか、三井広報委員会を脱退してしまっている。

かつて広報委員会に加盟していた企業の現時点の動向
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
住友アルミニウム製錬 - 住友化学を中心に住友系複数社によって設立。しかし80年代に入って二度のオイルショックを迎え経営危機に陥り82年に会社清算・解散。
日本パイプ製造(現・住友鋼管) - 81年頃まで加盟(以降、日本ステンレス(以下の項目を参照))。
ダイキン工業 - 住友金属の翼下から離れた後も当面は加盟を維持したが現在はすでに脱退したものの金融機関の一部に住友系が入っていることで辛うじて住友グループとのつながりを維持している(理由は後述)。
筒中プラスチック工業 - 戦後に住化グループと日本板硝子を中心に住友系各社によって買収。ただし加盟したのは平成以降で、2000年以降に住友ベークライト(以下、住友ベーク)の実質子会社化。2006年下期頃に親会社の住友ベークが全株主を対象にTOBをかけて完全子会社化、2007年頃に上場廃止となり、住友ベークへの吸収合併正式合意に伴い同4月期をもって脱退。
日本ステンレス(現・新日鐵住金ステンレス) - 81年頃より92年頃まで加盟(住友金属による吸収合併に伴うもの。詳細はこちらを参照)。
日本電気ホームエレクトロニクス(旧新日本電気から分離独立) - 日本電気の全額出資によって電子部品等の製造販売を主力事業とする会社として設立、その後に企業分割などを経て各種コンピュータ機器(同社が独自のシリーズ機種を生み出した事は大いに有名)や映像関連機器(のちにパラボラシリーズ誕生)、さらにはビデオゲーム機器(のちにPCエンジンシリーズ(亜種機を含む)誕生)を手がけるなどして企業イメージ向上を図ったが、バブル崩壊や巨額赤字等により負債が膨らみ、結果的に会社解体・解散。
広栄化学工業 - 住友化学系列(現・住化グループ)、92年頃上場を機に広報委員会を加盟するが、たった数年で脱退。
神東塗料 - 住友化学系列(現・住化グループ)、バブル崩壊等による経営不振もあり93年で脱退。
第一中央汽船 - 商船三井系列だが住友金属やその他の住友グループ各社とも関係が深い。但し、住友金属は同社への出資比率を徐々に落とし、現在は2割を切っている。
住友特殊金属(現・日立金属NEOMAX事業部) - 住友金属から分離独立。会社設立当初は磁力鋼部門のみであったが電子材料部門に進出。80年代後半よりCI導入、社名フォントを住友金属のものを斜体にしたものから手書き風の明朝体を斜体にしたものへ変更した。しかし、90年代後半になり経営不振に陥り日立金属に同社の経営権が移動し主力商品のブランド名を新社名・新社章に採用(このため、同社とダイキン工業は同時期に広報委員会を脱退)。
住友シチックス(現・大阪チタニウムテクノロジーズ(旧住友チタニウム)(スポンジチタン事業)・SUMCO(旧三菱住友シリコン)(シリコンウエハー事業)) - 大阪特殊製鉄所が住友金属と神戸製鋼からの出資を受け大阪特殊製鉄(のち大阪チタニウム製造へ社名変更)となる。その後一旦神戸製鋼が事実上の資本撤退をうけ、住友グループ主導で経営再建を目指していたが住友金属へ吸収合併(これに伴い広報委員会から脱退)、同社のシチックス事業部となる。このうち、スポンジチタン事業は住友シチックス尼崎へ移管して住友チタニウムへ社名変更、神戸製鋼から再度出資を仰ぐなどし、同社株式の再上場を果たし現在共同持分割合で所有に至る。
鳴海製陶 - 住友金属から分離独立、その後エレクトロニクス事業に進出するも住友金属が新設した子会社へ事業分割・譲渡、同社はボーンチャイナ専業となって再建を目指すも経営不振が続き、この結果MBOを行いグループから離脱(なお、広報委員会からはこの頃すでに脱退していた)。
栄泉不動産 - 住友生命系のビル管理会社が発祥の中堅不動産会社。一時期、住友グループ各社や松下電器やアサヒビール等も資本参加していたが、現在は同グループを離脱し、モルガン・スタンレー系の投資会社と住友生命の合弁で経営再建を目指している。

主な準系列
この節を編集される方は、まずノートをご覧下さい。また、追加する際は五十音順でお願いします。他行の融資系列であるならば、そのことも明記して下さい。
この節の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。

ここでは、住友グループ以外の企業の内、旧住友銀行の融資系列で主なものを挙げる(五十音順)。

旭化成
朝日新聞社
テレビ朝日
朝日放送
アサヒビール
伊藤忠商事(旧第一勧業銀行とも近く、みずほ色強し)
エーザイ
大島造船所
関西電力
京王電鉄
京阪電気鉄道(旧三和銀行とも近く、三菱UFJ色強し)
小松製作所
三洋電機
塩野義製薬
CKD
品川白煉瓦
全日本空輸
大正製薬
大和ハウス工業
武田薬品工業
南海電気鉄道(旧三和銀行とも近く、三菱UFJ色強し)
ニチアス
ニチハ(現在も三井住友銀行の影響力は強い)
日新製糖
JVC・ケンウッド・ホールディングス(かつてはパナソニックの連結子会社であったが、現在は同社の持分法適用関連会社である)
パナソニック
阪急阪神ホールディングス
阪急電鉄(旧三和銀行とも近く、三菱UFJ色強し)
阪神電気鉄道
フォード
ブリヂストン
プレス工業
丸大食品
レンゴー

2009年01月21日

少林拳(しょうりんけん)

少林拳(しょうりんけん)とは中国河南省嵩山にある、禅宗の祖庭である嵩山少林寺とその近郊で伝承され、修練されている中国武術及びそれを源流としている中国武術門派の総称である[1]。

その創始者は、伝説及び近年の文献によると禅宗の開祖の達磨大師とされているが、学術的な根拠に乏しい。ただし、明代の嵩山少林寺で武術が練習されていたことは、程宗猷の『少林棍法闡宗』など幾つかの資料に記録されている。

この嵩山少林寺とは別に、かつて中国南部の福建省には南少林寺(福建少林寺)が存在したとされ、南少林寺を起源とする武術は南派少林拳と呼ばれている。しかし、武術史研究家の唐豪の研究などにより、南少林寺は伝説上の存在であったとする意見が有力である(武侠小説や近代に編纂された書『少林拳術秘訣』(尊我斎主人著)などで流布されたとする)。南少林寺は天地会などの反清復明の結社による仮託とする説もある。

近年になって南少林寺に関しての古文書が嵩山少林寺から発見され、それを元に福建省の九連山で発掘調査を行うと明代の大規模な寺院の遺跡が見つかるなど、定説が覆されつつあると報じられているが、その真実の解明については今後の研究が待たれる(現在、福建省泉州市に存在する南少林寺は新たに建立されたものである)。

日本では少林拳と少林寺拳法がしばしば混同される。少林寺拳法は義和拳の流れをくむとされる日本発祥の武道である。中国武術、日本武道及び古武術を研究して編纂されているが、中国の少林拳と技術における直接的な関連性は少ないとみる人もいる。現在、嵩山少林寺と日本少林寺拳法連盟には交流がある
八極拳(はっきょくけん、Bājíquán)とは、清代の中国河北省滄州の孟村に発祥したと伝えられる中国武術である。また、半歩拳法という別名も持つ。

その理念は、「八極(『淮南子』にある八紘より外のこと)すなわち八方の極遠にまで達する威力で敵の門(防御)を打ち開く(破る)」というものである。

八極拳は、敵と極めて接近した間合いで戦うことを得意とする拳である。 八極拳の風格は中国において「陸の船」とも形容され、歩法の運用も細密なため、 他派と比べて比較的遠い間合いでの戦闘に不利であることが知られている。 そのため、近接短打以外の技法を補完する目的で、劈掛掌(劈掛拳)や蟷螂拳などと併習して学ぶ系統も存在する。独特の震脚動作を伴う重心移動や体勢の急激な展開動作を行うことを主な攻撃力(勁力)の源とし、馬歩椿歩などの基本功(基礎訓練法)と、小八極という套路で基礎的な実力を養成し、やがて大八極、六大開拳及び八大招式などの套路(型)で威力に実戦技法を加えるといわれる。 また八極拳は接近戦を重視する戦法をとる為、肘撃(肘打ち)や靠撃(肩や背面部で敵を打ち付ける攻撃) など、近接での体当たり戦法的な技法も他派以上に重視される傾向にある。

歴史
八極拳の起源は18世紀に河北省滄州のイスラム教を信仰する回族の居住地域であった孟村の住人・呉鐘(ごしょう)が、癩(らい)と名乗る遊方の道士からこの拳技を授かったことに始まるという。 (八極拳の起源には複数説があり、ひとつには張岳山という遊訪僧より、河北省慶雲県の后庄家村にて呉鐘に伝授されたと言う説もある。) 癩は呉鐘に拳技を授けるとやがていずこかへ去ったが、その後、癩の弟子と称する癖(へき)と名乗る道士が呉家を訪れ、六合大槍という槍術を授けたと伝えられる。この六合大槍は、現在でも八極拳との併習が行われており、槍は八極拳の主力兵器とされている。

八極拳の古名は把子拳(Bǎzi quán)と表記されていたと言われ、一説には明代の茅元儀が著した、『武備志』(その原典は戚継光の「紀効新書」「拳経序文」)に記載されている把子拳(巴子が拳棍)が、それと同種の拳であったのではないかとする説もある(資料によっては把子棍槍との記述もあり、どちらにしても八極拳の母体となったものは棍術ないし槍術などの長兵器術であったと思われる)。

また、拳の作り(手形)においての把子拳とは、五指の第二関節を折り曲げて握る手形のことである。かつて八極拳はこの手形を多用していたため把子拳と呼ばれたとの説もあるが、しかし呉鐘以前の伝系については明らかとするには物証に乏しく、詳細は不明である。

八極拳は当初、孟村の回族を中心に伝えられていたが、漢族が多く住む地域の羅瞳にも伝わり、漢族の間でも行われるようになり、やがて孟村の回族の系統と羅瞳の漢族の系統に分かれて伝えられるようになった。八極拳の中国全土への普及の切っ掛けは、南京中央国術館が少林門と武当門で共通の正課として、団体訓練用八極拳教材(別名・八極小硬架)を制定したことにはじまる。

こうして中央国術館の支部の拡大につれ八極拳は中国全土に普及し、その知名度を上げていった。団体訓練用八極拳とは、名前のとおり集団で一斉に練習し易いように八極拳の套路を改変したもので、小八極を教わる前の段階で学ぶ套路の小小八極(八極架)と、大八極を元に新たに作られた套路である。大八極と混同され易いが技法内容は大八極よりも遥かに簡素であり、より対打としてそのまま使い易く出来ている。後にこの套路は軍隊においても採用され、軍隊用八極拳ともいわれた。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

近年になって、八極拳のルーツであるとして少林寺八極拳なる門派が嵩山少林寺近郊において教授されているが、残念ながら技術書を見る限りでは、どの套路もかつて多く普及したこの小硬架を模倣したものと思われる。

日本での八極拳の普及については武術史研究家・随筆家として著名な松田隆智の功績が大である。松田はその著書によって初めて一般大衆に八極拳を紹介し、武術愛好者たちの興味を喚起した。 当初松田が紹介した系統は台湾に伝えられた武壇系八極拳であったが、その他の系統についても松田の影響を受けた後進たちが続々と導入し、現在では殆ど全ての系統の八極拳が日本には揃っている現状である。 また在日華僑の武術家であった張世忠は全日本中国拳法連盟の創始者佐藤金兵衛の要請によって、松田の紹介以前から八極拳の指導を行っていたという。

伝承者としては、羅瞳出身の李書文と孟村出身の馬英図などが著名である。李書文は比武(決闘)を好み、激しい気性の人物だったようで、彼に関する逸話は過激なものが多い。伝説ではほとんどの敵を最初の牽制の一撃のみで討ち果たしたといい、李書文に「二の打ちいらず、一つあれば事足りる。」との歌があったとされる。

溥儀の侍従武官
ラストエンペラーと知られる溥儀の侍従武官であった李書文の弟子霍殿閣は八極拳の使い手であった。八極拳学習者や研究者の間では広く知られている。

メディアにおける取扱い
八極拳は、他の中国武術にも増して漫画やテレビゲームなどで盛んに取り上げられる事が多い。例えば、漫画の『男組』では、主人公で陳家太極拳の使い手である流全次郎が、八極拳に対して全く歯が立たず、その後八極拳を身に着けることで宿敵を倒していく様が描かれている。これは、八極拳が他にも『拳児』等作品の中で取り上げられ、それをきっかけにゲーム開発者らが八極拳を取り上げた結果広く一般に知られることになったからである。なお、バーチャファイターの結城晶が使う八極拳は、清朝の皇帝親衛隊が扱う八極拳に苦しめられた日本軍が晶の祖父に命じて独自に開発させたものをベースとしているという設定で、この「結城流八極拳」を参考として描かれた作品もあるだけでなく、更にその点を承知した上でパロディとして取り入れている作品もあり、これらは実際の八極拳とは異なる独自のものとして扱う向きも多い。

上記のいずれも、松田隆智が日本に紹介した八極拳の範囲内である。 「男組」には『協力』という形で関与し、「拳児」においては原作者として関わっている。 八極拳において絶招(必殺技・奥義)とされている『猛虎硬把山』は両作品に登場するがスタイルが違っており、男組のほうの猛虎硬把山は、拳児における里門頂肘という技(絶招ではない)であるが、拳児においての猛虎硬把山は片手を伸ばし、震脚を使いながら掌底付きを繰り出す技となっている。